ただ純粋に面白い人たちと会って話す「いと会」を通して見えたもの

三ツ矢青空たすきが目指す「日本の美しい自然と文化を100年先へ」。このコーナーでは、自然や文化に関連するさまざまな分野の中から、三ツ矢青空たすきがその活動に共感した方々にインタビューを行います。今回は、福岡県糸島市で活動する福島良治さんにお話を伺いました。

福島良治さん

 1978年生まれ。横浜市出身3児の父。2015年3月に福岡県糸島市へIターン。移住に先立ち10年半勤めていた楽天株式会社を退職&独立。ECマーケターとして企業のサポートを行う一方で、「ひと もの こと」を繋ぐことが得意な糸島在住コーディネーターとして糸島市の様々なプロジェクトで活動中。

 代表的な活動は、糸島映画祭「いとシネマ」、シェアオフィス「糸島よかとこラボ」、未来型公民館「オープンコミュニティスペースみんなの」、商店街の新スタイル本屋ビル「Maebaru Book Stacks」、ナッツバターの製造&販売を行う「Itoshima Heart Nuts Factory(いとナッツ)」など。


東京で感じた自然災害や人災の不安が移住のきっかけに

ーー2015年3月に横浜市から福岡県糸島市へIターンしたそうですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

 移住の一番最初のきっかけは、東日本大震災ですね。そのときから、今後、子どもを育てる環境として東京に不安を感じるようになりました。

 不安だったのは、自然災害というよりも人が多すぎることによる人災で、震災に限らずちょっとしたことが起こるとインフラが麻痺するんですね。震災当時は子どもが小さかったので、ミルクを作るために水を買いに行こうとしたら水が買い占められていて買えなくて。なんて住みにくい世界なんだと思いました。

ーー子育て環境として東京に住みづらさを感じたんですね。そこからなぜ糸島市への移住が決まったんですか。

 もともと自然豊かなところで子どもを育てたいと思っていたので、湘南や鎌倉あたりの物件を探していたんですが、ふと「どうしてこんなに狭い範囲で考えているんだろう」と思って。一度きりの人生なんだから、子育て環境において日本で一番良いところに住もうと思って比較検討を始めました。移住した人のブログやメルマガなどを参考にしながら、気になる場所があれば実際に現地を訪れたのですが、最後は直感で糸島市に決めましたね。

ーー移住後、すぐに地域に馴染むことができましたか。

 福岡って紹介文化があるじゃないですか。最初はほとんど知り合いがいなかったんですが、FUKUKONやPechaKucha Night、福岡移住計画主催のトークイベントなど、福岡市にはたくさんのトークイベントがあって、そこで出会った人と話していたら自然な流れでどんどん人を紹介してくれたんですよね。それがもうめちゃくちゃ楽しくて。そしたら、1年間でFacebookの友達が500人増えていたんですよ。

ーー紹介文化って福岡の文化なんですね。

 福岡は人と繋がりやすい地域だと思います。でも、いつも人と出会うのは福岡市内のイベントで、糸島市で出会う機会がないなって思ったんです。糸島市でもPTAのおやじの会に参加するとか、子どもを通じて人と知り合う機会はありましたが、お酒を飲む機会が少なくて。それじゃあ、糸島市の前原エリアにたくさん飲み屋さんがあるから、そこで月に1回「いと会」という飲み会を開催しようと思いました。

ただ純粋に面白い人たちと会って話す「いと会」

ーーどのようにして「いと会」を思いついたのか、もう少し聞かせてください。

 実は、会社を退職してから糸島市に引っ越すまでに1年数ヶ月の期間があって、その間に参加した「渋谷会」っていう飲み会があるんですよね。「渋谷会」は、月に1回好きな人とつながろうという会で、会社員の頃には出会わなかった面白い人たちにたくさん出会うことができました。それがもうめちゃくちゃ楽しくて。そのときに、なんて世界は広いんだろうって気づかされたんです。だから、「いと会」は肩書きも関係なく、ただ純粋に面白い人たちと会って話す会にしようと思いました。5年間で60回くらい開催して、多いときには60人くらい集まりましたね。

ーー糸島での人のつながりは「いと会」から始まったんですね。

 多くの活動が「いと会」から始まっていて、屋外映画祭の「いとシネマ」もその一つです。一時期、人の夢を聞くのが好きな時期があって。そしたら、映画をやりたいって言う人がたくさんでてきて、「それじゃあ、みんなでやっちゃおう」っていう話になったんです。

 その中に映画のイベントをやったことがある人はいなかったので、それぞれが持てるスキルを持ち寄って、クラウドファンディングもやって、FUKUKONでプレゼンもして、「いと会」の人たちにもすごく応援されて、そうやって関係者人口を増やしていきました。初めての上映会でどのくらいの人が集まるのかと思っていたら、結構大成功したんですよね。

ーー初回から大成功ってすごいです。

 当日は、「博多どんたく」というお祭りの日でもあったんですが、福岡には「博多どんたくの日は雨が降る」というジンクスのようなものがあって。本当に大雨が降ったんですよ。でも、どうしても屋外でやりたいって思っていたら、準備開始直前に奇跡的に雨が小ぶりになったんです。でも、こんなに雨が降っていたら人が来ないんじゃないかって思っていたら、どんどんどんどん人が集まってきて。夕焼けの中、人が集まってくる光景は、まるでもう「ニュー・シネマ・パラダイス」みたいでした。参加者は2,000人くらいだったんじゃないかな。

ーーそれは感動的な光景ですね。今ではサブスクリプションサービスを使って家でも手軽に映画を見れるようになりましたが、「いとシネマ」だからこそ体験できることは何だと思いますか。

 まずは、映画館ならではの大画面や音響、他の鑑賞者と感情の共有ができるといった良さがありますよね。あとは、やっぱり自然と食じゃないですか。実は、いとシネマには「星降る伊都の映画館」という副題がついていて、糸島市の食と自然を感じながら楽しめるようになっています。何人の人が参加してくれるかわからないイベントにも関わらず、全て人のつながりで糸島市の約10店舗の飲食店に依頼して出店してもらいました。そしたら、すごく人が集まって、上映開始前に全部食べ物が売り切れちゃったんですよ。

ーーそれだけ参加者にとって魅力的な体験だったんですね。

 自然ってそれぞれの場所で違うじゃないですか。以前、糸島市にある株式会社イトキューの代表である中原理臣さんが言っていた「糸島市にお金をかければ東京みたいになるけど、東京にいくらお金をかけても糸島市にするのは難しい」っていう言葉がすごく好きで。糸島市に今ある自然やこの星空、自然から紡ぎ出される食って、他に同じものはないし、一度失われるとまた手に入れるのは難しいなと思います。そこはすごく大事にしたいですよね。

関わる活動の全てを”楽しいからやっていること”に変えていきたい

未来型公民館「オープンコミュニティスペースみんなの」

ーー他にも「いと会」のつながりから生まれたものはありますか。

未来型公民館「オープンコミュニティスペースみんなの」ができた背景には様々な要素がありますが、その一つに「いと会」があると思います。前原商店街で「いとシネマ」を開催したことがきっかけで、糸島市から「前原商店街の課題解決に協力して欲しい」という相談を受けました。そのときに、未来型公民館「オープンコミュニティスペースみんなの」を作ろうという話になり、合同会社いとしまちカンパニーが生まれました。いとしまちカンパニーのメンバーも、もともとは「いと会」をきっかけに知り合ったメンバーです。

ーー最近はどのような活動に力を入れていますか。

 最近は、新しい場づくりに向けたDIYが楽しくて、もっぱらそれをやっていますね。あとは、「Itoshima Heart Nuts Factory(いとナッツ)」で、ココナッツミルクを使ったアイスクリームの開発を進めています。あと、最近前原商店街にオープンした「燕舎」というカフェで夜の日替わりバーを計画しています。そこでまた定期的に「いと会」を開催しようと思って。

ーーどれも楽しそうです。

 自分が関わる活動は、全て楽しいからやっていることなんですよね。最近は学校のPTA活動もしていますが、やらなきゃいけないからというわけではなくて、活動そのものが楽しくてやっています。エンターテイメントにふれたときに感じるわくわくとか、楽しいとか、嬉しいとか、人間が感じるプラスの感情を大切にするってすごく大事なことだと思います。人と人が繋がる充実感もプラスの感情。人間が本質的な部分で感じるプラスの感情を大切にしていたら、自然も文化も残るんじゃないかと思います。

自然を味わう喜びや知り合いにお金を払う喜び

田植えの時期の糸島市の田園風景

ーー糸島市で暮らしていて、福島さんの心が動く瞬間ってどんなときですか。

 もうしょっちゅうですよね。特に田んぼがすごく好きになりました。二毛作で、最初は麦なんですよね。麦も色が変わっていくじゃないですか。最初青々としていて綺麗なんですけど、その後黄金色になって、夕日に照らされると風になびいてナウシカのワンシーンのような世界になります。その後、田植えが始まって水が張られると、空を映してまるでウユニ塩湖みたいに綺麗じゃないですか。それを見て、ああ幸せだなと思うし、自然から紡ぎ出される野菜の味を感じると、またそれで幸せだなと思います。

 あとは外に行くと、子どもたちが楽しく自然の中で遊んでいるところに地域の方々が声をかけてくれるのも幸せですね。

ーー自然の美しさにふれたときや人との交流を感じたときですね。私も今年はもっと田んぼに注目してみようと思いました。

 あとは、知っている人のお店に行って話せるときや、そのお店でお金を使えるときにもすごく幸せを感じますね。これは糸島市に来て初めて体験した感覚です。今は、食べ物や調味料、衣類、ガスなど、生活のほとんどのものを知っている人のところから買える状態になっています。

ーーお金をもらって嬉しいっていうのは簡単に想像できますが、お金を払って嬉しいって不思議な体験ですね。

 知っている人のところでお金を払えて、それがその人のための何かになるんだったらここでお金を払えるのが良いよねって。それもエンターテインメントの一つのように感じて楽しいです。

日本の美しい自然と文化を100年先へつなぐために

ーー最後に、日本の美しい自然と文化を100年先へつなぐために、福島さんが大切にしたいことは何ですか。

 人とのつながりですね。やっぱり、人の根源的な幸せは、自然や人とのつながりを感じることだと思います。今みたいにテレビやメディアがなかった頃のことを想像しても、きっとすごく大事なことだったと思うので、人間のDNAに刻み込まれている感じ。もともと興味がなかったことも、人に会って話を聞くことで興味が湧いたり、その良さがわかったりして世界が広がっていくのも楽しいので、今後も大切にしていきたいです。


 ここには書ききれなかったエピソードがまだまだたくさんあります。例えば、「音楽に関わる人と出会ったことで、駅にピアノがあることがその空間や街をどれだけ豊かにするのかを知りました」、「以前、馬を買うための馬小屋を探している方から相談を受けたとき、人を辿って探していったら本当に見つかったんです」、「こちらに来てからは、市議会議員の討論会に行って話を聞くのがすごく面白いんです」など、どのエピソードを話しているときも福島さんの全身から楽しさが伝わってきました。実は、人の幸せはすごくシンプルで、100年先も変わらないのかもしれません。

取材・文/栗原和音
撮影/弥永浩次

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