ちはるの糸島ナチュラルライフ
第4回:風景の作り手になろう!里山を守る棚田のオーナー制度
※ 全4話の 4話目
こんにちは。福岡県糸島市で「食べもの・お金・エネルギー」をつくる“いとしまシェアハウス”の畠山千春です。
海の見える棚田に惚れ込んで移住した、この佐波集落。引っ越して10年以上経ちますが、集落の美しさには今でもハッとさせられます。棚田の水面に映る青空、風に揺れる緑の稲、太陽を反射して輝く海。映画のワンシーンのような風景が家のすぐそばにある暮らしを、心から楽しんでいます。
棚田でお米を育てる人が5分の1に?
ところが、この美しい棚田にも危機が迫っています。お米づくりの担い手がおらず、耕作放棄地が増えているのです。昔は集落全体の約20軒で棚田を管理していましたが、最近は4〜5軒にまで減ってしまっています。
理由の一つとしては、高齢化があります。
この集落は平家の落人の隠れ里であったという言い伝えがあり、棚田は生き残るための食糧を育てる場所でした。山の谷間に作られた棚田は、山の形状に沿って作られるため一枚一枚が小さく、曲がっていたり細長かったり、とてもユニークな形をしています。それが連なることで、幻想的な日本の伝統風景“棚田”が作りあげられてきたのです。
見る分には美しいのですが、大きな機械が入れられないため手作業での作業が多くなってきます。また、棚田の石垣を守るために除草剤は使わず、こまめに草刈りをしなければなりません。
昔は家族総出で、ときには親戚みんなで協力してお米を育ててきました。でも今は、若者の多くが都市部に出て働いているため人手が足りず、ご本人も高齢になって田んぼを諦めざるを得ない状況の人が増えています。
また、肥料などの価格が高騰したこと、大規模農業によりお米が安価で手に入りやすくなったことなども影響しています。「手間暇かけて自分で作る」より「買った方が簡単で安い」ため、お米づくりを引退する人も多くなってきました。もともとは自給用のお米を作っていたのですし、もっと他にいい方法があればそちらにシフトしていくのは自然なことですよね。
人の手が入らない土地が増えると、里山に野生生物が降りてきます。猪や猿が石垣を崩したり、畑の作物を荒らしたり……それによってさらに耕作放棄が進むという悪循環も起きてしまっています。
猟師や木こりが減ったことも、害獣問題の原因の一つです。彼らは、山の中で作業することによって「ここから先は人間の世界だよ」と動物たちに伝え、里山と動物の世界の境界線のような働きをしていたのです。そういった人たちが少なくなったことで、動物たちが突然人里に出てくるようになり、里を荒らすようになったのです。
山が荒れれば、その先にある都市部にもいつか影響が出てきます。土砂崩れ、川の氾濫、野生動物の出没……この流れを少しでも食い止めるにはどうしたらいいだろうか?考えた末に辿り着いたのが、棚田のオーナー制度でした。
棚田の風景を守ろう!棚田のオーナー制度
今、里山が抱える問題を解決するには、失われつつある人の営みを復活させることが大切です。「棚田に人を集めよう!」棚田のオーナー制度はそうやって始まりました。
これは、都市部の人たちに棚田のオーナーになってもらい、一緒にお米を育てるプロジェクト。基本的な田んぼのお手入れは私たちが担当し、オーナーさんには田植えや稲刈り、天日干しなどを体験してもらうというものです。
そもそも棚田は平坦地の水田と比べると「労力2倍、収量半分」といわれるほど生産性が低い場所。だからこそ、収穫したお米を販売しようとすると赤字になってしまいます。そこで私たちは、育てた“成果物”を販売するのではなく、育てるという“プロセス”自体を価値として販売しようと考えました。そうすると、生産性という観点ではデメリットだった「手作業」の体験が、一気に価値になったのです。
手植え・手刈り・天日干しなど、昔ながらの方法でお米を作ることで、お米がどう育つのか、どうやって自分たちの口に入るかというプロセスを余すことなく体験できます。
お米づくりをレクチャーするのは、自然栽培米を育てて11年、いとしまシェアハウスの志田浩一さん。田植えの道具もひととおり揃っているので、田植え初心者の方でも楽しんで参加できます。
6月は棚田に集合し、みんなで田植えを行いました。初めましての方が多いなか、共同作業を通じて一気に距離が縮まります。気持ちよく汗を流したあとは、みんなで打ち上げに行くことも。
夏は、田んぼの草取りがメイン作業。青々と育った稲が風に揺れる美しい棚田で、石垣の雑草を刈っていきます。水路の冷たい山水で足を冷やしたら、そのまま海へ!差し入れにアイスもいただき、大人も子どもも忘れられない思い出になりました。
秋には、黄金色の稲穂がたっぷりと実ります。収穫したお米は、竹で作った支柱にかけて太陽の光で乾燥させる“天日干し”という伝統的な方法で乾燥させていきます。じっくりゆっくり乾燥させることで、風味がギュッと詰まった美味しいお米になるのです。
昔は竹を使った天日干しが主流でしたが、時間と人手が必要なため、今ではその多くが機械乾燥へとシフトしています。集落でも天日干しの田んぼは年々少なくなり、里山の竹が活用されなくなったために竹林の荒廃も問題になっています。
この風景を次の世代につないでいくためにも、このプログラムではあえて伝統的なお米づくりに挑戦しています。私たちが地域の人から学んできた昔ながらの暮らしを、たくさんの方に伝えていけたらと思っています。
棚田オーナー制度の良いところは、都市部に暮らしながら管理人付きの田んぼを持てること。そして、楽しみながら里山保全に参加できるところです。
棚田で作業をしたあとそのまま田んぼでキャンプをする企画が実施されたり、収穫した餅米で餅つきイベントが開催されたりと、棚田をきっかけにたくさんの人がこの地域へ通ってくれるようになりました!こんなに嬉しいことはありません。
土のエネルギーだけで育つ、自然栽培米
私たちが挑戦しているのは、農薬や肥料を使わない“自然栽培米”。田んぼの土のエネルギーだけでお米を育てるので、一般的な農法よりも苗と苗の間隔を広くとって田植えをしていきます。そうすることでお米の茎が太く強くなり、風通しが良くなって害虫や病気の被害を防ぐことができるのです。
田植えのときは、田植え紐と竹を使って、間隔が均等になるように丁寧に手植えしていきます。その正確さは、機械植えと間違えられてしまうほどにまっすぐ。植えられる苗の量が少ないので、普通の田んぼに比べると収穫量は少ないですが、太陽や湧き水のエネルギーで育ったパワフルなお米が育ちます。
肥料を使用すれば、狭い面積にたくさんの苗を植えることができます。ただ、稲が密集することで風通しが悪くなり、病気や害虫が発生しやすくなります。そうすると今度は農薬が必要になってしまいます。
農薬や肥料を完全に否定するわけではありません。けれど私たちは、できる限り自然の循環のなかで、稲が自分の力で生きていけるような環境づくりを目指したいと思っています。
自分が風景の作り手になるという幸せ
ここに引っ越して来たばかりの頃は「手付かずの自然ってなんて美しいんだろう」と思っていました。でも、地域行事に参加していくうちに「この景色に、人の手が入っていない場所はない」ということに気がついたのです。
美しい棚田があるのは、ご先祖様たちが山を開墾し、お米を育て続けてくれたから。立派な石垣が残っているのは、みんなが丁寧に草刈りをしているから。一年を通じて花が楽しめるのは、地域の人たちが植えて管理しているから。透き通った川で気持ちよく遊べるのは、集落のみんなで川浚え(かわざらえ:水質改善のために川底の土砂を取り除いたり、川の周辺の草刈りをすること)しているから。みんなみんな、地域の人たちの手によって作られた風景だったのです。
私たちは、移住して来た時点で“集落の美しい風景”というギフトをすでに受け取っています。だからこそ、私たちにできる恩返しとして、この景色を次世代につないでいきたい。集落のみんなが、そうしてきてくれたように。
まだまだ未熟者ではありますが、今はこの美しい風景の“作り手”になれていること、そしてこの風景を「綺麗だね」と言ってもらえること、とても嬉しく思います。私たちと一緒にこの風景を一緒に作ってみたいな、という方、糸島でお待ちしています!
◎棚田のオーナー制度
個人でも、企業の方でもご応募可能です。お気軽にご連絡いただけると嬉しいです!
酒蔵とコラボした棚田のクラフトサケ計画プロジェクトも進行中。
http://itsmsh.com/blog/2024/05/13/sake-2/
◎棚田のインターン制度
一緒に棚田でお米を育てる「棚田のインターン」を募集します。田んぼ作業期間中は家賃が無料。
糸島で農的暮らしを実践したい方、ご応募お待ちしておりますー!
http://itsmsh.com/blog/2024/05/13/intn/
三ツ矢青空たすき編集部より:息をのむような美しい写真、そして千春さんたちが自然によりそい、近隣の方々、志を一緒にする仲間たちと助け合いながら暮らしている様子を感じられるエッセイでした。三ツ矢青空たすきは、「100年後の未来へたすきをつなごう」という合言葉を大切にしています。
私たちは朝に夕に、四季折々に姿を変えるこんなに美しい自然の下で暮らすことができ、たくさんのギフトを受け取っています。そして今ある美しい風景も、誰かの手によって守られ受け継がれてきたものだと思うと、いっそう感謝の気持ちが生まれてきますね。
受け取った私たちはこれを誰かに渡していく一部を担っているのだということを感じます。
今を生きる私たちの選択が50年後100年後の景色と暮らしを作っていくのだとしたら、誰かにたすきをつなぐためにできることを一緒に考えてみませんか。
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