未来を創る人たち
カンナをかけたときに見える綺麗な木目を見て、生きてるなって思う
三ツ矢青空たすきが目指す「日本の美しい自然と文化を100年先へ」。このコーナーでは、自然や文化に関連するさまざまな分野の中から、三ツ矢青空たすきがその活動に共感した方々にインタビューを行います。今回は、福岡県糸島市の前原商店街で「糸島くらし×ここのき」を営む野口智美さんにお話を伺いました。
野口智美さん
糸島市の木工所「トンカチ館」の助手や間伐の仕事の経験から山の現状と課題を知り、それを伝えるべく2010年5月に前原商店街に「糸島くらし×ここのき」をオープン。糸島の作り手による木工品や陶器、雑貨、糸島の恵みを生かした食品やお菓子などを販売する。また、木材の地産地消の流通の仕組み作りや地元材を使った商品化にも取り組む。2022年、村上研二さんと共に糸島一貴山にて栽培・採取した花を扱う「日々と花」をスタート。
夢は、糸島で暮らしに必要なすべてのものがまかなえるようになること。
地元の人に地元の材木を買ってもらうために
ーーまず、「糸島くらし×ここのき」がどのようなきっかけで始まったのか教えてください。
きっかけは糸島の木工所で働いていたときに林業の問題を知ったことでした。それを解決するためには、地元の人に地元の材木を買ってもらえるようにしたらいいんじゃないかって。ただ、材木だけを扱うと寄りつきづらいお店になってしまうので、木材だけじゃなくて糸島の作り手さんによる木工品や器や食品なども扱うお店を始めることにしました。
ーーもともとは材木を売りたかったんですね。今では「糸島くらし×ここのき」に足を運べば、糸島にたくさんの魅力的な作り手さんがいることがわかります。
そう言ってもらえるとありがたいですね。でも、お店をオープンした当初、福岡空港の搭乗口の脇に出店したときには、「糸島って島ですか?」と聞かれるほどの知名度でした。そこから「糸島をみんなが知っている場所にしよう」と思って、作り手の皆さんと一緒に力を合わせて様々な場所に出店していきました。今ではアクセサリーや服も扱っていて、暮らしにまつわる全てのものをそろえたいと思ってやっています。
古くからあるものを大事にしたい
ーー野口さんは実は工房にいる時間が一番好きだと聞きました。
そう、本当は工房にいたいんだけど、怪我をするんですよ。だからちょっと今は控えてるのもあって。技術もないし怪我をすると痛いから。
ーーそれでも工房が好きなんですね。工房で過ごす時間の何が好きなんですか。
木にカンナをかけていくとすごく綺麗な木目が出てくるんですね。それが一番好きかな。木って一つ一つ違って綺麗だな、生きてるなって思います。
ーー木に命を感じているんですね。木や山が好きなことも伝わってきますが、以前、商店街でマルシェ(※1)などの企画もされていましたよね。それは山とどういう関連があるんですか。
古くからあるものを大事にしたい、良い環境を残したいという想いがあって、山はそのひとつという感じですね。山も大事だけど、商店街も大事だし、唐津街道のように歴史のあるものも大事。私たちはそれを引き継いでいく過程にあるんだけど、今、手放しそうなものがいっぱいあると思うんです。
ーー手放しそうなものって具体的には何を指しているんですか。
昔の人たちが培ってきた家の建て方とか、暮らし方とか、農業とか。例えば、今は建物を壊しがちなんだけど、古い建物を残したいんですよね。この商店街がにぎわって、建物が活かされることで手入れがされる。お店を閉じてしまったら、ただ古くて手間がかかって、壊れそうで危ない建物になっちゃうから、そうならないように活かしたいなと思って。唐津街道は、山のものや海のものが集まって、そこに人が集まってきた歴史のある場所。人や物や知恵が交流してきた場所だから、私たちには引き継いでいく責任があると思います。
自然に交配し、進化の過程で多様化していく花たち
ーー最近は、「日々と花」というユニットでの活動が盛り上がっているように感じます。この活動はどのようにして始まったんでしょうか。
「日々と花」はメンバーの村上研二さんに共感したことから始まりました。研二さんはできるだけ環境に負担のないように花を育てていて、農薬も使いません。いわゆる自然農といわれるものなんですが、答えありきで「こうしたら絶対上手くいく」というのではなく、日々その場と向きあって、どうしていくのがよいのかを考える。その自然との関わり方やスタンスをみて、尊敬できる人だなと思いました。
あとは、今、あの植物が売れるから育てるというのではなく、いろんな花を育てる中で自然に交配し、進化の過程で多様化していく花を扱っている。そういう自然界に委ねているところにも共感しました。
ーー経済優先ではなく、自然と対話しながら自然に委ねているところに共感したんですね。
私が最初に「ここのき」で木を売りたいと思った理由も、地域で育った木を使って家を建てたり、道具を作ったり、身近な自然のものを使うことで、無理のない暮らしができると考えたからです。それと同じように、花も楽しむことができたらいいなと思いました。
ーー今までも共感した作家さんの商品を扱ってきたと思うんですが、研二さんが育てる花をお店で扱うだけではなく「日々と花」というユニットを組んだのはどうしてですか。
もともと畑や土いじりが好きなんですが、一人ではやりきれない。貸し農園を借りたこともあるけど、種まきがすごく雑だから芽が出ないんですよね。でも、研二さんの手伝いだったらできるかなと思って。
ーー種まきが雑なせいで芽が出ないって意外でした。
目標を定めているようで定めていない「野菊市」
ーー「日々と花」には、普通の花屋さんではあまり見かけないような、小ぶりで可愛らしい花がたくさん並んでいますね。実際に、研二さんが育てた花を取り扱ってみて、どのように感じていますか。
私自身、花屋で働いた経験はないので、今も花屋さんのワークショップに参加したり、インターネットで調べたりしながら、「この花にはこういう環境が適しているんだな」と日々学んでいます。最初は、花に虫がついているのを見て驚いたこともありました。花を仕入れたときには小さくて見えなかった虫が、成長したり、繁殖したりするんですよね。でも、だんだん慣れてきて、別に刺すわけでもないし、ちょっと片付ければ済むことだと思うようになりました。そんなスタンスで花と向き合いながら暮らしに取り入れてくださる方々に届けばいいなと思います。
ーー虫も含めてその可愛さを受け入れてくれる人に届いたら嬉しいですね。昨年の秋に前原商店街を中心に行われた「野菊市(※2)」では、花を含め可愛いものがたくさん並んでいました。どうして「野菊市」という名前にしたんですか。
研二さんが野菊を育て始めたらすごい量になって。野菊が育つ時期にそれをアピールしようということで始まりました。「もみじ市」っていう大きなイベントがあるでしょ。そんな感じで「野菊」っていう名前がついたイベントができたらいいなって。最初は経済のことを後回しにして勢いで動き出したんですが、「市」って付けることでお金も動いてみんなが潤うイベントになったらいいなという想いを込めています。
ーーだから名前に「市」が付いてるんですね。
そうそう、自分たちが1番経済を後回しにしがちだから、それを意識できるように名前をつけました。でも、実際は目標を定めているようで定めていません。いくら売り上げましょうとか、何人集客しましょうとか言ってもいるけど、そこにこだわらない。最初から目標には届かないから、今やれることを一生懸命やっていくことで、認知されて喜んでもらえたら良いというスタンスでやっているから、続けられていると思います。
ーー外からは次々と注目のイベントを企画しているように見えますが、内心は粛々と取り組んでいるんですね。
「ここのき」を始めたときは私がすごく突っ走ってたんだけど、「日々と花」のイベントは研二さんが主導なんです。研二さんからやりたいことがどんどん出てくるので、最近はどちらかというとブレーキ役になることも多くなりました。私は人見知りだからあまり人と話さないけど、人と人がつながったり、新しいことが生まれたりしているのを外から見てるのが好きなんです。
ーー「ここのき」を続ける中で変わってきたこともあるんですね。その中でこれからやりたいことはありますか。
「糸島だからそんなことができるんでしょ」とよく言われるんだけど、どの地域にも魅力は潜んでいて、ちょっとしたきっかけで地域の人々が一体となって動き出すと思うんですよね。私は高校生の頃から糸島に住んでいるけど、当時は福岡市に行くと田舎から出てきた人という印象を持たれていたので。できることなら、他の地域に行ってその地域の魅力をたくさん集めて、資金力があればそこで店を始めて、誰かにその運営を任せることをしてみたいです。
日本の美しい自然と文化を100年先へつなぐために
ーー最後に、日本の美しい自然と文化を100年先へつなぐために大切なことってなんだと思いますか。
あまり心配しなくていいんじゃないかなと思っているんですよね。若い人たちを見ていると、すごくよく考えているし、大事なものもよくわかっているなと思います。そして、大事なものと今のテクノロジーを両立させているから、若い人たちを信用すれば未来も大丈夫かなって。「ここのき」にいるとお花を買っていく若い男性もいて、未来は明るいなって思います。
ーー若い人たちを信用しているんですね。
だって答えは一つじゃないですもんね。自分が大事だと思っていることを押し付けたりこだわりすぎたりするとおかしくなるなって思うから。「ここのき」も、もともと工房をやりたいと思って始めたけど、木を守りたいから木だけ扱いたいって押し付けていたら今のようになっていないし、糸島のものだけを扱いたいって思っていたら、他の地域とのコラボ企画は起きていないし。
ーーそれぞれの時代に生きる人がそれぞれに大事だと思うことを大事することで、自然も文化もつながれていくということですね。
そうですね。一つの大きな力だけで推し進めているんじゃなくて、一人一人がいろんな方向性を持って取り組んで、それが良い感じに絡み合っている状態が良いんだと思うんですよね。そこで淘汰されるものもあったり、突然出てくるものがあったり。それが良いと思う感覚は研二さんと似ているかも。植物もそうやってそのまま残るものもあれば、変わっていくものもある。今が一番いいわけじゃないから、変わっていくのも良いと思います。
注釈
(※1)ヨリミチマルシェ
2021年〜2023年に糸島市前原商店街の東側で開催されたマルシェ。
ワークショップやライブなどふらりとヨリミチしながら前原エリアを楽しむイベントも開催。
ヨリミチマルシェ糸島HP
(※2)野菊市
2024年の秋に糸島市前原商店街を中心に開催されたイベント。
お菓子や雑貨などの可愛いものが集められた。また、ダンスパフォーマンスも行われた。
野菊市 Instagram
野口さんに「お店を始めて、食べるものや身につけるものも変わりましたか」と聞いたところ、以前スナック菓子にはまっていた時期があるという話をしてくれました。環境や身体に良いものは好きだけど、そればかりだと窮屈に感じるからだそうです。素敵なものが取り揃えてあるものの、実際にはそれを強く提案している感じがしない。その押し付けのなさが、お店の居心地の良さにつながっているのかもしれません。
取材・文/栗原和音
撮影/弥永浩次
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