第5回:「自然の色と出会う」

※ 5話目

♪おーりがーみくーださい
♪なーにいーろですか

 鬼ごっこの「色鬼」がはじまる合図である。鬼が指示した色を見つけてタッチしないと、鬼につかまってしまう。
 色鬼はこどものころに好きだった遊びの1つだが、色を探すという行為は、目の前に広がる世界を豊かに発見し直すには良いかもしれない。

 鬼ごっこのように先を争うかたちではないが、さまざまな色の折り紙を使って、フリースクールのこどもたちに「自然のものから、折り紙と同じ色のものを探してみよう」と提案したことがある。

「同じ色あった!」と、淡い茶系の折り紙の上に落ち葉を重ねる子。
「これはどうかなぁ」と、橙色の折り紙と橙色の花を並べる子。
「まったくおんなじ!」と、水色の色紙を空にかざしている子。
 1つ問いかけるだけで、自然のなかから色々なものが見つかる。

 折り紙は人工的な色彩である。だから、自然界にはなさそうな鮮やかな色もある。でも、意外と子どもたちは見つけてくれる。まして、花の咲く季節であれば、色とりどりの折り紙と同じ色が案外あっさり見つかることもある。

すぐに折り紙そっくりの色が見つかる

 ただし、色鬼のように色の名前で探すのと、折り紙で対象の色を探すというのは少し違う作業である。色鬼では起こらないような、思わぬ事態が発生した。

 自然の緑があふれるなかで「ぜんぜん同じ色がない!」と、首をひねっているこどもが持っていたのが、緑色の色紙だったのだ。

「緑」は自然の代名詞でもある。緑と名の付く色など、自然の中にはいくらでもある。「『緑色』を見つけて」と、色の名前で指定したら、きっとあっさり見つかることだろう。
 それでも、折り紙の色と同じかどうか見比べると違和感が生まれる。同じ「緑色」なのに、何か雰囲気が違うのだ。折り紙と同じ色の緑は、自然の中ではなかなか見つからない。

 ぼーっと眺めているだけでも、自然には多様な緑があふれている。それなのに、同じ緑が見つからないのはふしぎである。いったいなぜ、こんな違和感が生まれるのだろう。

緑色はどれもなぜだか一致しない

 草花を使って、フリースクールのこどもたちと色水を作ることもある。

 透明の袋に花や実を入れ、さらに水を入れる。そして、指でグチュグチュとつぶしていくと、やがて色水ができる。
 水は少なめのほうが、濃い色水ができる。花の色水は、色が出やすい種類、出にくい種類があるので、いろいろ実験してみるとおもしろい。ツユクサの花などは、少量でもとても鮮やかな青色がつく。

 ところが、緑色の葉っぱを使っても、緑色の水はなかなかきれいにはできない。緑の葉っぱで作っているのに、なぜか赤っぽい色の色水ができることさえある。

 植物の緑には、なにか特別な秘密が隠されているのだろうか。

葉っぱで作った色水がほんのり赤い

 少し専門的な話になるが、植物の緑色は、クロロフィルという油に溶ける色素が主成分である。油溶性で水に溶けない成分だから、葉っぱを潰しても、緑の色水を簡単には作れない。

 そこで少量の消毒用エタノールを使うと、クロロフィルが抽出しやすい(※エタノールは火のそばで扱わないように注意)。エタノールは油溶性の色素も水溶性の色素も両方とも溶かすことができるので、色水作りのアシスタントとして使いやすい。後から水を足せば、色水を増やすこともできる。

 油溶性のものと水溶性のものがあるという性質を利用して、植物色素の成分を大まかに推定することもできる。
 水に色が付けば、水溶性の色素なので、アントシアニンやベタレインなどの色素が考えられる。アントシアニンはアジサイの花やブルーベリーの色素であり、ベタレインはオシロイバナやビーツに含まれる色素である。色水の色がpHの変化によって変わるようなら、そこにはアントシアニンが含まれている。変わらなければ、ベタレインやその他の色素が考えられる。pHを変えるときは、掃除用のクエン酸や重曹を溶かした水を使うと簡単で、ちょっとした科学実験としても楽しい。
 もしエタノールに抽出した色素に水と油を加えて、油の側に色が付くという場合は、油溶性の色素である。クロロフィルやカロテノイドなどであり、カロテノイドは、トマトやニンジン、カボチャの色素としておなじみである。

色々な草や花や実の色水で実験

 さて、本題に戻ろう。緑色の謎である。
 実は、自然の葉っぱの色は、緑色の色素・クロロフィルのみでできているわけではない。

 クロロフィルは光合成色素のうちの1つであり、太陽の光を吸収して有機物をつくるのに役立つ。緑色に当たる波長の光をあまり吸収せず、反射するため、人の目には緑色に見える。クロロフィルにもいくつかの種類があり、種類ごとに微妙な色の違いがある。つまり、同じ緑色の葉っぱも、クロロフィルの種類ごとの割合によって、多様な緑色になる。
 さらに、自然の葉っぱに含まれる色素はクロロフィルだけではない。たとえば、カロテノイドやアントシアニンもしばしば含まれている。つまり、自然の葉っぱの緑は、クロロフィルという緑色の成分のみならず、さらに別の色素も調合されてできているのだ。
 自然の葉っぱの緑色は、多様な緑色と別の色を混ぜ合わせた、複雑な深みのある色といえるかもしれない。

 折り紙の緑色が何でできているか、あいにく詳細はわからないが、おそらくシンプルなインクのバランスでできているのだろう。だからきっと、自然の中に同じ色が見つかりにくいのだ。
 緑の葉で色水を作っても緑にならず、ときに赤っぽくなることがあるのは、アントシアニンなど、水溶性の色素だけが抽出されるためかもしれない。

自然の色は奥が深い

 植物の色は、複雑で、奥が深い。
 そんな入り交じった色だからこそ、少しずつ変化して、さまざまなグラデーションが生まれ、美しく見えるのだろう。

 春から夏へ、そして夏から秋へと季節が移り変わるにつれて、植物の葉の色は変わっていく。
 若い葉は薄緑色のものもあれば、赤いものもある。夏には濃い緑色となり、秋には紅葉したり、黄葉したりしながら、枯れていく。
 そんな季節変化は、植物がもともと持っている色素のバランスが少しずつ変化した結果である。

 

 こどもは純粋さゆえの先入観を持っていることも多い。色鬼のように、緑は緑、赤は赤と、色の名前でカテゴライズしてしまう癖がある。けれど、そんな先入観があっさり揺らぐのもまた、こどもである。

 折り紙の緑色を自然のなかで探して、葉っぱと比べて、「緑なんだからおなじだよ」と大人が言ってしまえば、それで終わるのかもしれない。
 ただ、かすかな「なんか違う」という細やかな感覚を大切にできると、新たな気づきにつながる。
 同じものにもさまざまな見え方があると体験しながら、人は、植物の緑色のような、心の深みが生まれていくのかもしれない。ささやかな「違和感」をともに探究できる心の余白を、私も持ち続けていたい。


第6回:「連なりの多様性」

語り部一覧

ネイチャーライター /
野島智司さん
ネイチャーライター、作家、かたつむり見習い。
糸島市を拠点に、身近な自然をテーマにした個人プロジェクト「マイマイ計画」のほか、自然と子どもによりそう場を開く「小さな脱線研究所」を主宰。糸島のフリースクール「NPO法人産の森学舎」「おとなとこどもの学校テトコト」で授業を担当するほか、筑紫女学園大学非常勤講師も務める。著書に「カタツムリの謎」(誠文堂新光社)などがある。5月に新刊「カタツムリの世界の描き方」(三才ブックス)を出版。

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